「たくさん作るほど安くなるの秘密」
規模の経済が企業競争力を決める理由
規模の経済(Economies of Scale)
あなたが、自宅のキッチンで家族のためにクッキーを焼くとします。小麦粉や砂糖、チョコレートチップをスーパーで買い、オーブンを予熱して、一皿分のクッキーを焼き上げました。では次に、学校のバザーのために、その100倍の量のクッキーを焼くとしたらどうでしょう。クッキー1枚あたりの「コスト」は、どう変わるでしょうか?
おそらく、劇的に安くなるはずです。なぜなら、材料は業務用スーパーで大袋で安く仕入れられ、一度温めたオーブンで何皿も連続して焼けるからです。この、「生産する規模が大きくなればなるほど、製品一つあたりのコストが低下していく」という現象こそが、「規模の経済(スケールメリット)」のモデルです。これは、なぜ大企業がしばしば中小企業に対して圧倒的なコスト競争力を持つのかを説明する、ビジネスの最も基本的な原理の一つです。
規模の経済は、なぜ生まれるのか
「たくさん作れば安くなる」という現象の背景には、主に二つのメカニズムが働いています。
- 固定費の分散効果
事業を行うには、生産量にかかわらず一定にかかる「固定費」というものが存在します。クッキー作りの例で言えば、キッチンの家賃や、オーブンや調理器具の購入費用、レシピの開発費用などがこれにあたります。自動車産業であれば、巨大な工場の建設費や、何年にもわたる研究開発費(R&D)がそうです。
これらの固定費は、クッキーを10枚作ろうが、1万枚作ろうが、ほとんど変わりません。つまり、生産量が多ければ多いほど、この巨大な固定費を、より多くの製品に薄く広く分散させることができるため、製品一つあたりのコストは劇的に下がるのです。 - 仕入れ力の効果
スーパーで小麦粉を1kgの小袋で買うのと、問屋で25kgの業務用大袋で買うのとでは、1kgあたりの値段は全く違います。生産規模が大きい企業は、原材料や部品を大量に、そして継続的に購入するため、供給業者に対して非常に強い交渉力(バイイング・パワー)を持ちます。その結果、他社よりもずっと安く材料を仕入れることができ、それが直接的なコスト削減につながるのです。
モデルの「影」の側面:規模の「不」経済
では、大きければ大きいほど、常に良いのでしょうか?実は、そうとも限りません。ある一定の規模を超えると、逆に非効率が生じ、単位あたりのコストが上昇し始めてしまう現象があります。これを「規模の不経済」と呼びます。
巨大な組織は、まるで大きなタンカー船のように、動きが鈍重になりがちです。
- 官僚化と調整コストの増大:組織が大きくなるにつれて、意思決定のプロセスは複雑になり、何層もの承認が必要になったり、部門間の調整に膨大な時間がかかったりするようになります。
- コミュニケーションの悪化:社員数が増え、組織が縦割りになることで、情報伝達のスピードが落ち、風通しが悪くなります。その結果、現場の状況が経営陣に伝わりにくくなったり、部門間の連携ミスが起きやすくなったりします。
このように、規模の拡大が、かえって管理コストや非効率を増大させてしまうことがあるのです。
このモデルをどう活かすか
規模の経済のモデルは、企業が自社の戦略を考える上で、根本的な問いを投げかけます。
- 規模を追求する戦略:市場シェアを拡大し、生産量を増やすことで、圧倒的なコスト優位性を築き、価格競争で競合を打ち負かす戦略です。トヨタやAmazonのような企業は、この規模の経済を最大限に活用して、業界のリーダーとなりました。投資家もまた、このような強力な「スケールメリット」を持つ企業を、競合他社が容易に参入できない「堀(Moat)」を持つ、優れた投資対象と見なすことがあります。
- ニッチに特化する戦略:巨大企業が支配する市場で、規模の経済で正面から戦うのは得策ではありません。その代わりに、特定の顧客層や専門分野(ニッチ市場)に特化し、大企業にはできないような、きめ細やかなサービスや高い品質、迅速な意思決定で勝負する戦略があります。これは、規模の不経済に陥った大企業の「弱点」を突くアプローチとも言えます。
まとめ
「規模の経済」は、ビジネスにおける競争のルールを理解するための、基本中の基本となるモデルです。なぜあの企業はあんなに安い価格で製品を提供できるのか、なぜ業界への新規参入はこれほど難しいのか──その多くは、このモデルによって説明できます。
しかし同時に、このモデルは「大きいことは、それ自体がリスクにもなりうる」という重要な教訓も与えてくれます。自社の成長を考えるとき、あるいは他社を評価するとき、私たちは常に、規模がもたらす「経済性」と「不経済性」の両面を冷静に見極め、自社にとっての最適な規模はどこにあるのかを、戦略的に問い続ける必要があるのです。


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