ジンクスの正体は偶然か?|平均への回帰が明かす「極端な結果は続かない」統計モデル

メンタルモデル

ジンクスの正体は偶然か?
平均への回帰が明かす「極端な結果は続かない」統計モデル

解説:平均への回帰(Regression to the Mean)

スポーツ雑誌の表紙を飾った選手は、その翌年に不振に陥る──そんな「ジンクス」を聞いたことはないでしょうか。あるいは、新人賞を獲得したばかりの作家やミュージシャンが、次作では平凡な評価に落ち着いてしまう「二年生のジンクス」。私たちはこれらの現象を、プレッシャーや慢心が原因だと考えがちです。しかし、その背後には、もっと根本的で、強力な統計的な力が働いているのかもしれません。それが「平均への回帰」というモデルです。

このモデルは、「一度、極端に良い(あるいは悪い)結果が出た後、次の結果は、より平均的な値に近づく傾向がある」という、統計上の普遍的なパターンを指します。これは、何らかの魔法や呪いではなく、世界の多くの物事が「実力」と「運」の組み合わせで成り立っていることから生じる、必然的な現象なのです。

平均への回帰とは何か:「実力」と「運」の分離

このモデルを理解するための鍵は、あらゆるパフォーマンスや出来事を、二つの要素に分解して考えることです。

  • 実力(Skill):その人やシステムが持つ、比較的安定した本質的な能力や価値。
  • 運(Luck):その時々の偶然の要素。天候、体調のわずかな揺らぎ、測定誤差、幸運や不運など、予測不能でランダムな力。

結果 = 実力 + 運

考えてみてください。ある選手がキャリア最高の、驚異的なホームラン数を記録したシーズン。それはもちろん、彼の実力が素晴らしいからですが、それに加えて、偶然の幸運(風向き、相手投手の失投、絶好のタイミングなど)が、何度も重なった結果である可能性が高いのです。実力は翌年も同じように維持されるかもしれませんが、「最高の幸運」が2年連続で続く確率は極めて低い。翌年の「運」の要素が、ごく平均的なレベルに戻るだけで、全体の結果(ホームラン数)は、驚異的だった前年よりも、その選手の平均的な実力に近い値へと「回帰」していくのです。

これは逆もまた真なりです。人生最悪の結果が出たときも、それは実力のなさに加えて、最悪の不運が重なった結果かもしれません。次の機会には、不運が平均レベルに戻るだけで、結果は自然と少し改善する傾向があるのです。

私たちの周りに潜む「平均への回帰」

この「極端な結果は長続きしない」というパターンは、社会の至る所で見ることができます。

1. 投資とビジネスの世界

投資家のチャーリー・マンガーがこのモデルを重視するように、ある投資ファンドが今年、驚異的なリターンを叩き出したとしても、それが来年も続くと考えるのは危険です。その成功は、ファンドマネージャーの優れた「実力」に加えて、市場全体の好況や、たまたま投資したセクターが注目されたといった「運」の要素が大きく影響しているかもしれません。長期的に見れば、そのパフォーマンスはより平均的な市場のリターンへと回帰していく可能性が高いのです。

2. 「褒める」と「叱る」の罠

平均への回帰を理解していないと、私たちは人の行動を誤って解釈してしまいます。例えば、部下のマネジメントにおいて、

  1. ある部下が、過去最高の素晴らしい成果を出した。あなたは彼を大いに褒めたたえた。→ しかし、次の成果は平凡なものだった。
  2. 別の部下が、ありえないようなミスを犯した。あなたは彼を厳しく叱責した。→ すると、次の仕事ではミスなく、平均的な成果を出した。

この経験から、「褒めても効果はなく、叱る方が効果的だ」と結論づけてしまうのは、典型的な誤りです。実際には、どちらの部下も、ただ極端な結果(最高の幸運/最悪の不運)から、自身の平均的な実力へと「回帰」しただけなのかもしれません。あなたの褒め言葉や叱責は、その結果とは無関係だった可能性が高いのです。

このモデルをどう活かすか

平均への回帰は、私たちに、物事を長期的かつ客観的な視点で見る重要性を教えてくれます。

  • 短期的な結果に一喜一憂しない:一度の大きな成功に有頂天になったり、一度の大きな失敗に絶望したりするのはやめましょう。その結果には、おそらく偶然の要素が大きく含まれています。重要なのは、その結果ではなく、その背景にある本質的な実力です.
  • プロセスを評価する:結果は運に左右されますが、その結果に至るまでのプロセスは、ある程度コントロール可能です。「良い決断」をしたかどうかが重要であり、それが偶然「悪い結果」に終わったとしても、一貫して良いプロセスを続けていれば、長期的には成果は平均へと収束し、向上していきます。
  • 持続可能性を問う:ある企業や個人の驚異的なパフォーマンスに接したとき、「この結果は再現可能か?それとも、一時的な幸運によるものではないか?」と自問する習慣をつけましょう。これにより、流行や熱狂に惑わされず、より本質的な価値を見抜くことができます。

まとめ

平均への回帰のモデルは、この世界がランダムな偶然性に満ちているという事実を、冷静に受け入れるための知恵です。非凡な出来事は、その非凡さゆえに、いずれ凡庸な日常へと戻っていく運命にあります。

このことを理解していれば、私たちは目先の華々しい成功や、痛ましい失敗に心を乱されることなく、本当に重要なこと、つまり長期的な実力を着実に高めていくという、地道で、しかし最も確実な道へと、そのエネルギーを注ぐことができるようになるのです。

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