善意が裏目に出る瞬間|「想定外の影響」モデルで世界の複雑さを読む

メンタルモデル

善意が裏目に出る瞬間
「想定外の影響」モデルで世界の複雑さを読む

想定外の影響(Unintended Consequences)

良かれと思ってやったことが、かえって事態を悪化させてしまった──そんな苦い経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。親切心からのアドバイスが相手を傷つけてしまったり、効率化のための新ルールが、かえって現場の混乱を招いたり。この「善意が裏目に出る」という現象は、単なる不運や偶然ではありません。それは、複雑なシステムに介入する際に必ず考慮しなければならない、普遍的なパターン「想定外の影響」の現れなのです。

このモデルは、ある目的を持って行われた意図的な行動が、その世界の複雑な相互作用の結果として、行為者自身が予期していなかった、時には望ましくない副次的な結果を引き起こしてしまうという原理を指します。これは、私たちの予測能力の限界と、世界がいかに複雑に絡み合っているかを示す、重要な教訓です。

「コブラ効果」:善意が招いた最悪の結果

このモデルを象徴する、最も有名で皮肉な逸話が「コブラ効果」です。

  1. 問題:イギリス植民地時代のインドのデリーで、毒蛇であるコブラの数が増え、市民の安全が脅かされていました。
  2. 解決策:政府は、コブラの駆除を奨励するため、死んだコブラ一匹につき、懸賞金を支払うという制度を導入しました。
  3. 意図した結果:市民が積極的にコブラを捕獲し、街からコブラが減少するはずでした。
  4. 想定外の影響:ところが、一部の抜け目のない人々が、懸賞金で儲けるために、自宅でコブラを「養殖」し始めたのです。
  5. 最悪の結末:政府はこの養殖の事実に気づき、懸賞金制度を突然廃止しました。すると、養殖業者たちは価値のなくなった大量のコブラを野に放ちました。その結果、デリーのコブラの数は、制度を始める前よりも、かえって激増してしまったのです。

この物語は、人間のインセンティブ(動機)やシステムの複雑さを見過ごした、単純な解決策がいかに危険であるかを、見事に示しています。

私たちの周りに潜む「想定外の影響」

コブラ効果のような極端な例でなくとも、私たちの身の回りには、意図せざる結果が溢れています。

1. ビジネスの世界:良かれと思った人事制度

ある企業が、社員のモチベーションを高めるために、個人の営業成績だけを評価する、完全な成果主義の給与体系を導入したとします。その意図は「頑張った人が報われる、公平な組織」を作ることでした。しかし、その結果、次のような想定外の影響が現れるかもしれません。

  • 社員同士が顧客やノウハウを奪い合うようになり、チームワークが崩壊した。
  • 目先の契約ばかりを追い求め、長期的な顧客との信頼関係の構築が疎かになった。
  • 部署間の協力がなくなり、組織全体の力が弱まった。

結果として、短期的な売上は上がったかもしれませんが、長期的には組織文化が破壊され、持続的な成長が困難になってしまいました。

2. 公共政策の世界:安全のための規制

子供たちの安全を第一に考え、公園からジャングルジムやブランコといった、少しでも危険性のある遊具をすべて撤去したとします。その意図は、公園での怪我をなくすことでした。しかし、その結果、子供たちが外で体を動かして遊ぶ機会そのものが減少し、体力低下や肥満といった、全く別の問題を引き起こす可能性があります。

このモデルをどう活かすか

「想定外の影響」を完全になくすことは不可能です。しかし、このモデルを知っておくことで、そのリスクを最小限に抑え、より賢明な意思決定を行うことができます。

  • セカンドオーダー思考を徹底する:「この施策を実行したら、次に何が起こるか? そして、その次に何が起こるか?」と、短期的な一次効果だけでなく、長期・間接的な二次、三次の影響までを想像する習慣が不可欠です。(セカンドオーダー思考)
  • システム全体を俯瞰する:ある部分への介入が、システム全体にどのような波及効果をもたらすかを考えます。このルール変更によって、人々のインセンティブはどう変わり、どのような行動が生まれそうか。様々な関係者の視点から、多角的に影響を予測します。(システム思考)
  • 小さな規模で実験する(パイロットテスト):全国一斉や全社一斉に導入する前に、まずは特定の地域や部署で試験的に導入し、どのような想定外の問題が起きるかを観察します。その結果をもとに、計画を修正してから本格展開することで、大きな失敗を防ぐことができます。
  • 謙虚さと柔軟性を持つ:どんなに熟考しても、すべての影響を予測することは不可能である、と認める謙虚さが重要です。そのため、施策の開始後も常に状況を注意深く監視し、予期せぬ悪影響が現れた際には、計画に固執せず、迅速に修正や撤回を行う柔軟性が求められます。

まとめ

「想定外の影響」のモデルは、私たちに世界の複雑さに対する畏敬の念と、安易な解決策に飛びつくことの危険性を教えてくれます。物事の表面だけを見て下した判断は、しばしば私たちを意図しない目的地へと導いてしまいます。

このモデルは、私たちが行う一つ一つの介入が、予測不可能な連鎖反応の引き金になりうることを警告する、賢者のための思考法です。この視点を持つことで、私たちはより慎重に、より深く、そしてより責任をもって、未来への一歩を踏み出すことができるようになるでしょう。

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